出向と転籍

人事異動は一般に、同じ会社内で部署を移ることをいいます。
それに対し、勤める会社が変わるという移り方もあります。これも広い意味で人事異動の一種ですが、働く会社も変わるような人事を「出向」といいます。

出向には、もとの会社との労働契約はそのまま継続する「在籍出向」と、もとの会社との労働契約が終了する「移籍出向」があります。
前者を「出向」、後者を「転籍」と呼び分けることもあります。

在籍出向に同意は必要か

まずは、在籍出向(出向)の場合から見ていきます。

少し難しい話になりますが、在籍出向とは、従業員がもとの会社と労働契約を結んだまま、出向先との新たな労働契約に基づき、出向先の指揮命令に服して労働を提供するという形態です。
要は2つの会社と労働契約を交わすということになるのです。

会社はこのような命令を一方的に出すことはできません。本人の同意が必要です。
ただし、個別の同意までは求められていません。
労働契約締結時に「包括的な合意」があれば、出向命令は有効とされます。

ではこの「包括的な合意」なるものは、どういうことなのでしょうか。

これは、就業規則や労働契約に、会社が出向を命じることがある旨を記載しておけば、個別の同意を得なくても出向命令を出すことができるということです

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労働条件等への配慮が必要

ただし出向の結果、労働条件が大幅に下がるような場合は、いくら就業規則に出向を命じる旨が定めてあっても、「包括的な合意があった」と見るわけにはいかなくなります。

出向中の具体的な労働条件を、従業員にその都度明示する必要がありますし、就業規則にも労度条件に関する記述が必要です。

以上から、出向命令が有効とされるのは、次の2つの条件を満たしている場合になります。

①就業規則や労働契約に、会社が出向を命じることがある旨が記載されている
②出向中の労働条件に配慮した詳細な規定がある

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権利の濫用は許されない

ただ、このような条件を満たしていても、出向の必要性や出向者の選定に関して権利の濫用があると判断されると、無効とされてしまいます。
これは、労働契約法の次の定めによります。

労働契約法第14条
使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労 働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

出向で労働条件が下がる場合は認められないことがある

また、出向先の労働条件が低下する場合は、出向命令の有効性自体にも法的に難しい問題が出てきます。つまり、トラブルとなった際に、認められない可能性があるということです。
この場合の判断基準は、一概にはいえません。裁判例も、有効・無効の両方があります。
経営者としては、基本給の低下など本人に著しい不利益を課す出向命令は、よほどの事情がない限りは許されないと考えるべきでしょう。
なお、「よほどの事情」が適用されるケースとしては、整理解雇の回避措置として出向を行う場合があてはまります。

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就業規則の適用はどうなるか

出向中の労働条件や、権利義務関係についても見ておきましょう。

出向中の指揮命令権は出向先に移転します。したがって、業務命令は出向先が出すことができます。
つまり、労働時間や休日など勤務に関すること、服務規定、安全衛生に関することなどは、出向先の就業規則が適用されます。

しかし、出向者との労働契約上の基本的な権利義務関係は、労働契約が存続している出向元との間に存在します。
そのため、解雇など労働者の基本的な身分関係にかかわるようなことは、出向元でないと行うことはできません。

賃金支払い義務については、出向元と出向先の取り決めによります。特に取り決めがない場合は、出向元が義務を負います。
また、出向者が出向先で問題行為を起こした場合は、出向先が懲戒処分を行うことができます。出向先の指揮命令に服して労務を提供しているのですから、それも当然でしょう。
ただし、前述のとおり、労働者の基本的な身分関係にかかわることを行う権限は出向元になります。つまり、出向先では懲戒解雇、諭旨解雇などの処分まではできないということです。

「転籍」には個別の同意が必要

在籍出向(出向)と違い、移籍出向(転籍)の場合は、もとの会社との労働契約を終了して、転籍先と新たな労働契約を結ぶことになります。

つまり、転籍は労働契約の終了ということにつながります。
このような契約変更を、会社が一方的に命じることはできません。本人の同意が必須となります。

また、在籍出向のように、就業規則等による包括的合意というわけにはいきません。転籍先の労働条件などについて十分な説明をした上で、個別の労働者それぞれと合意する必要があります。

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